目標と競り値
さて、前編でも述べましたが、最初の魚4種類の値段を「5金、10金、20金、30金」とざざっと決めてしまいました。ここから、実際にテストで回した感触をもとに、ゲームとして妥当なセットコレクションの目標を決めていきます。ver0.1では目標カードの価値を問わず、先に3個置いたら勝ちというレースにしていたのですが、セットの価値を得点化したほうが競りらしくなるのでver0.2以降は目標ごとに金額を設定しました。
と、その前に
「お金の単位はどうするか?」という問題があります。それっぽく聞こえたらどんな単位でも構わないのですが、中世か近代か現代か、いつ頃の物価を想定するのか、というのはプレイアビリティに多少の影響があります。
ver0.1では江戸時代に設定を仮置きして「匁」としていましたが、ある程度近い時代のほうが感覚からはずれないので、ver0.2以降では現代に近い時代を想定して「円」に変更し、金額もメバル1,000円、サヨリ2,000円、タチウオ3,000円、タイ4,000円と1,000円刻みにしました。覚えやすいからです。厳密な年代までは決めずに、昭和の「ひと昔前」くらいの雰囲気をもたせてプレイヤーになんとなく想像してもらう、という方向にしています。物価は時代によって変動が激しいので、決めをゲーム側でつくらないほうが違和感を抱きにくいと判断しました。もうひとつ、1,000円刻みにすると英語でプレイするときの単位もthousand yenとなり、なので値段のコールをone, two, three, ... と、簡略化できることも意図しています。
本作はお金=勝利点なので、勝利点の名称はいわば無形のゲームコンポーネントとして特別な重さをもちます。扱いやすく、かつ雰囲気が出るように処理しておくことは、重要です。このおかげで後日紙幣のカードをグラフィックデザインする際も、実際の紙幣に準じたデザインを導入でき、直感的に分かりやすくなりました。ちなみにこの紙幣デザインは1代前の夏目漱石版千円札がイメージの元になっています。何でかって? そりゃあ漱石が『坊っちゃん』で松山ゆかりの人物だからですよ。『坊っちゃん』は私の出身高校が舞台なので、この要素は落としたくありませんでした。せっかくゲームを自作するからこそ、思い入れを乗せることは大切です。
単位を決めたところで、目標カードをデザインしていきます。
といっても、まず実際に作ってみて、どうすれば違和感のない目標金額になるかという観点から逆算します。最初は直感でセットを作ってみて、そこから数値を変えたり削ぎ落としたり、というプロセスになるのは魚の値段と同様です。
場の目標カードは5種類くらいが視認できる限度でしょう。それを延々遊ぶだけでは複数回プレイに耐えないので、両面に異なる目標を設定してそれを裏表ランダムにセットアップすればセッションがいくらか多様になる、と考えました。これならカードは5枚で済むので原価も抑えられます。同人制作はとにかくコストダウンが重要です。
方針としては、
裏表にだいたい同じ価値の目標を設定してゲームが大きく壊れないようにする、魚種は均等に配置する、必要な魚種も1種類~4種類/任意の魚種を使える特殊なものも用意して幅をもたせる、1ロールで揃う目標は原則用意しない、といったところです。平均して2~3ロールで届くような目標付けを想定しています。
もっとも、原則だけでは面白くないので、いくつか外した箇所はあります。目標カードのうち1枚は裏表で価格が大きく異なるものを用意して全体の相場感が変わるようにしていますし、別の1枚にはひとつだけ1ロールで揃う可能性がある目標を用意しました。後者はデザイン上のちょっとした悪戯なのですが実際のゲームでたまに出ることがあり、場が盛り上がる材料になればと思っています。
ver0.2で魚の価格を1,000円刻みに決めたので、それをもとにセットを適当に組み、各セットの価値は魚の価格合計に魚種数に応じた係数を掛けて算出し、その額を裏表で同じくらいに揃えます。Excelで一覧化しておくと後の調整も楽です(少し下にサンプルを載せます)。
こう書くと難しそうですが、やっていることは足し算と掛け算だけの算数レベルです。係数をいくらにするかでゲームでの現れかたが微妙に変わるので、Excel上で計算式を少しずつ触りながら直感に合う金額を決め、それをもとにテストを行います。
そんな感じでテストしてみて金額自体に大きな問題はなさそうだったんですが、テストで「魚の金額が4種類あって覚えにくい」という指摘が入りました。作る側は数値を把握しているのでそう感じないのですが、確かに一理ある、どうしようかなとしばらく悩みました。
いちばん単純なのは、全部の魚を一律1000円にすることだ。これなら覚えやすい。だけどそうするとセットの価格に根拠がなくなるのでは? ……こう考えたところで、あ、と思いました。
魚の値段を、隠しパラメータとしてそのまま残せばいい。
つまり、最初に決めていた1,000~4,000円の値段はExcel上でそのまま据え置く。その上で額面だけ全魚種を1,000円に揃える。するとプレイヤーには1匹1,000円という《見せ掛けの相場》が提示されるので、それをもとに競りが展開される。1,000~4,000円という《本当の相場》よりも落札価格は概ね安いので、セットを揃えると魚の価値が額面金額から跳ね上がることになり、セットを目指す意味が生まれる。《見せ掛けの相場》が単純明快なので(偽物の)補助線として機能し、競りゲームにつきものの序盤の相場分からない問題も回避できる。魚をお金として扱いやすくもなる。
これも、可能なかぎり単純なほうが良いという先の原則に沿った調整です。実際に回してみると、最初は額面の1,000円をもとに競りが展開されつつ、なんとなくメバルが安めでタイが高めという相場に落ち着くようになり、しかもそれがプレイヤーに直接は見えないため競りで額面が決まってゆく「かのような」雰囲気をうまいこと演出してくれる、という良い感触を得ました。
ですから、このゲームで競りの相場は本当は決まっています。メバルからマダイまで1,000~4,000円というのが本当の基準価値で、そこに種類数に応じた係数が掛かっているだけです。値付けは概ねこれを上限として収束してゆきます。これは『センチュリー:スパイスロード』に学んだ手法で、あのゲームでは4種のリソースが1~4勝利点にほぼ対応しており、たまに最高値のリソースを使うカードでそれを上回ることがあります(これは、ボードゲームカフェ「ミープルの森」の店長さんに教えていただきました)。『三津浜』では、種類数に応じた係数を掛けることで余剰価値を実装しました。
そうした調整のベースに使ったのが、下のようなExcelファイルです。自分だけが使うものなので記述が不親切極まりないですが、なんとなく感じはつかめるかと思います。最後はバランスを丸めるために、メバルの額を1,500円に上げました。
【画像】目的カードの数値調整用Excelファイル
作っているときは気付かなかったのですが、初回の推奨配置でだいたい似たセッションになるのはそのためで、ゲームが裏からコントロールしている度合いが思いの外強くなってしまいました。システム側からのコントロールを強めるという、自分が好きでない方向に図らずも調整してしまったことは反省点で、もうすこし揺らぎの幅をとるようなシステムにしてもよかったかな、と今は思います。だけどそうするともっと人を選ぶのですよね。ピュアユーロを目指すのかモダンユーロを目指すのか、ということはいつも自分の中に問題意識としてあって、モダンユーロを踏まえてドイツゲーム/ピュアユーロを再実装するというのが本作の(というか自作全体に)裏テーマとしてあるのですが、システムの手綱をとることの難しさを痛感しました。