『三津浜』デザイナーズ・ノート(前編)




 今日は年の瀬の仕事をしてるんですけど、やる気がまったく出ないのでこんなものを書いてみます。せっかく年末ですし、今年もっとも思い出深い一作をゲームデザインの面から振り返ってみるのも楽しそうです。
 本当はこれをリリース直前か直後に書けば宣伝になるのに、半年経って書くあたりが商売下手だよね。いいんだ、俺、そういうの向いてない。

アイデア

 出発点となったのは「たまにはサイコロゲームでも考えてみようか?」という思いつきでした。

 私、サイコロゲームってそんなに好きじゃないんです。いくらいい手を打ってても出目が味方しなければ負けるし、基本ずっとサイコロ振ってるだけだと、なんだか同じことを延々やってる気分になる。遊ぶとそれなりに楽しいけど、自分で手を出すほどではない。だけど全部苦手なわけでもなくて、例えばバックギャモンは入門書を買って練習して大会の初級戦に出るくらいには好きだし、カタンも普通に好きです。
 そういう自分好みのやつとそうでないのとの違いって何かというと、着手してからサイコロを振るか、サイコロを振ってから着手するかです。以前ツイッターでちょっと話題になってましたけど、プレイヤーが入力してからゲームが出力するか、ゲームが出力してからプレイヤーが入力するか、の違いと言ってもいい。端的に言うと私は後者が好きです。戦術の帰趨が運で決まるよりは、運をもとに最善手を考えるほうが、自分でゲームの勝敗を動かしている感じがします。

 そういうサイコロゲームに対する好みの傾向については前々から思うところがあって、で実際に「オークショナーがサイコロを振り、その出目を競りにかける」というテーマ=ゲームアイデアを思いついたのが昨年の10月頃でした。着想は極めて単純ですが、そういう作品を見たことはないので形にする価値はあるかなと思い、少し考えてみることにしました。

 リソースがサイコロで、ボードゲームの常道として4種類ぐらいあると丁度いいだろう。リソースを競って手元に増やし、それをセットコレクションで目標カードに置く。予算上コンポーネントが限られるのでボードは使わず、カードゲームで考える。そうするとクーハンデルやハイソサエティのように競るためのお金をカードにして、それをプレイヤー間で受け渡せば競りが成り立つ。目標カードは卓上に置いて裏表で内容を変えればランダムセットアップになる。この時点で念頭に置いていたのはクーハンデルで、ですから本作は根本的にはクーハンデルのオマージュです。
 リソースは4種類として、それがすべて等価では値付けの基準がなくなって遊びにくいから、安めのリソースと高めのリソースをつくる。安いリソースにはサイコロ2個、高いリソースにはサイコロ1個で計6個を振る。例えば3人戦だったらオークショナーが6個振って、それを各自2個ずつピックして競りにかけ、オークショナーを移動してまた6個振って2個ピック……とする。競り勝ったリソースは手元のカード+キューブで管理して個数上限を付ければ競りに揺らぎも出る。
 たぶん目標カードの数値調整がすべてになるだろう、というのは最初から分かっていました。フリーゼがやるようなレースゲーム=先に何個置いたら勝ち、にしてはどうか。例えばリソースの値段を5, 10, 20, 30として、目標カードの価値のベースは支払うリソースの合計額にして、そこに種類数に応じた小さめの係数を掛ける。そうして全カードの目標の価値をだいたい同じに揃えておけば、出目でレース展開が著しく偏ることもないはずだ。値段の「5, 10, 20, 30」はなんとなくの決めで、今見ると最高値が最低値の6倍なのは差が大きすぎますが、たぶん「1, 2, 3, 4」よりはゲームっぽく見えると思ったんでしょうね。こういう数値はあくまで仮置きで、最初はそれっぽく回ればいいと思っています。

 それでだいたいゲームとしては成立してそうだったので、ルールを書き起こしてプロトタイプの説明書を作ることにしました。

フレーバリング

 その前に、フレーバーを決めてしまいます。先日別の記事でも書いたように、早く決めるほうがその後のデベロップがしやすいし、フレーバーがないと説明書が書けないからです。
 競りという言葉からイメージしやすい魚をテーマにしてみよう。すると自分が知ってる魚じゃないと後々のフレーバーやインターフェース、システムの作り込みが弱くなる恐れがあるから、地元の瀬戸内海の魚にするのが一番手堅い。じゃあどうせなら地元テーマにして、私の故郷は愛媛県松山市なので、三津の漁港だったら現地のイメージもあるし作れそうだ。少し大それたことをしてるかな、という思いもありましたが、とりあえず決めないことには始まりません。

 ベースフレーバーを決めたら後は見立てです。サイコロ4種類を魚4つに見立てます。ここでひとつ大事なことがあって、4種類のサイコロ、つまり4色が色弱対応していないといけません。サイコロといえばまず白で、黒も見分けは確実につく。残り2色は原色から選んで、色相と明度のどちらかで見分けがつけばよい。赤と青が確実か。この段階でサイコロの仕入先なんかもネットで当たりをつけておくと、必要なコンポーネントがちゃんと存在するか、現実的な値段で制作できそうかが分かります。
 色が決まれば、それぞれに対して魚を割り当てます。自分が小さい頃から食べつけてきた魚なのでパッパッと浮かびます。赤は煮付けでよく食べていたメバル、青はサヨリ。黒はちょっと悩むけどタチウオの塩焼きの銀色が近いか、白はやっぱり鯛めしのタイ。値段もこの順で、メバルがいわゆる大衆魚、タイは高級魚。赤=5金、青=10金、黒=20金、白=30金となります。色と値段の対応に迷いません。これがフレーバーを先に決めることの強みです、インターフェースもシステムも一体的に決めてしまえるし、プレイイメージを具体化するのも早くなります。

 こうしたアイデアをもとに作った説明書が、こちらです。
 三津浜 ルール説明書(ver0.1)

 改めて読んでみると、完成形とはだいぶ違うのが分かります。ひとことで言うと無駄が多い。魚の値段がそれぞれ異なるのでプレイアビリティが悪いし(これはテスト指摘を受けて直しました)、サイコロも完成版の4個より多い。またこの時点では同時競りではなく順番の競りになっています。同時競りだとクーハンデルに似すぎてしまうと感じてわざと外したのですが、テストプレイでゆたかさんに「このフレーバーなら同時競りのほうが断然いい」と言われ、迷いなく採用しました。本家に戻ってしまったわけですが、このゲームからクーハンデルを思い出す人は少なそうな感触がテストしながらなんとなくあったので、フレーバーとの相性を優先しました。プレイテンポが上がり、正解だった、良いご指摘を頂けたと思っています。
 あと、当初は手札がラウンドごとに少しずつ循環するような仕組みを構想していて、それがこの初版ルールにも残っているのですが、一人回ししてみると意味をなしていなかったので即座に消した記憶があります。
 そんな風に粗は目立ちますが、ただ私の場合はそれでも一度文章に起こして、その文章を見ながら正確にルールを回してみないと問題が分からないので、テストよりも先に説明書を書いてしまいます。おかしかったらそこを修正/削除すればいいだけなので、最初に書いてしまうほうが結局は楽です。リード文だけは例外で、ある程度ゲームと付き合って自分の中での良いイメージが構築されていかないと書けません。もちろん筆が乗れば先に書きますが、どうせルールに影響もないので難しいところは棚上げします。

 ところで本題からは逸れますが、説明書を最初に書くことの効用は結構大きいです。
 まず「内容物」のセクションは必ず全コンポーネントを書き下します。「準備」と合わせて書けば実際には必要なのに足りないコンポーネントが分かりますし、実際にどの程度のゲームボリュームになるのかも見えます。カードやコマは色ごとのブレイクダウンした数だけでなく全数も書きます。印刷代や仕入れの原価を早期に見積もりやすくするためです。
 そして、この段階で仮にでもコンポーネントに名前をつけることが重要で、定義を先に行ってルールセクションの執筆中はそれを参照すれば、表記ゆれのリスクを減らせますし、なにより自分がコンポーネントをどう呼ぶか決めておくことは大切です。呼び名がうまく決まらなければ、そのコンポーネントはユーザインターフェースとしてよく機能しないという意味です。呼び名が決められなくては自然な流れでルールテキストが書けず、その呼び名を決めるにはフレーバーが決まってないといけない。ですから私にとってフレーバーを先に決めることは、システムを直感的に触りやすく、開発しやすくするための必須手段でもあります。
 あとはルールの本体を書いていくだけです。最初に「ゲームの進行」で大きい処理フローの定義をしておいて、各フェーズの処理は個別のセクションに切り落とす。最後に終了条件と勝敗判定を記述する。これは私の中でほとんど定型となっていて、「進行」の記述と各フェーズの記述で重複がないように気をつけつつ(重複があると後から直し忘れが発生して、記述が互いに矛盾を生じることがあるため)、アイデアを素直に文章にしていくだけです。書きながら例外処理やタイブレークの考慮漏れに気付くことも多く、それを書き足すことが簡易なデベロップにもなっています。
 何より、こうして書いたルールテキストはひとつの《決め》になります。頭の中にしかアイデアがないと、実際にテストプレイするときに細かい処理をあれこれ迷うことになってしまい、後でそれをどう処理したか忘れてしまいます。仮決めでも自信がなくても、文章として成立させておけばその通りにテストを回せばよいので、テスト結果との突き合わせが楽です。それは、自分の精神的な負担が軽くなるということです。ルールテキストが中間成果物として存在する、形としてあることは、自分を楽にしてくれます。自信をくれます。

 本題に戻って、本作のフレーバーではひとつ面白い修正をしました。
 ver0.1のルールでは、魚の名前は「メバル、サヨリ、タチウオ、タイ」となっています。いっぽう完成版は「メバル、ハギ、タチウオ、マダイ」です。何故変えたか?
 上では書いていませんでしたが、魚の割り当てで気をつけたのが、名前の響きや文字数を区別しやすくすることです。説明書やカードに魚の名前が登場するので、そのときにぱっと見た印象で名前が区別できるほうがいい。ですから例えば「ヒラメ、カレイ、メバル、サンマ」のようにすべて3文字などでは視認性が下がります。といって無理にすべての文字数を変えるのも難しいので、その場合は音の響きを変えてやる。「メバル」と「サヨリ」だと、だいぶ違いますよね。
 そんな感じで決めて何度かテストしていて、12月頃のテストで豊田えりさんに頂いたご指摘が――「タチウオとタイって、どっちもタから始まるけどいいの?」
 重要な指摘です。音の響きを変えてやる、という先のポイントに反しているからです。実は自分でも最初から認識はしていて、でも最初の時点では解決策が思いつかなくて、テストしてみて大した問題でなければこのままにしよう、と思っていたところです。これを見事に言い当てられたのは、さすがだ、と思いました。自分の中で迷いがあると、それはやっぱり伝わります。
 タイは愛媛を代表する魚なので(養殖数が全国トップです。愛媛の小中学生は社会科で必ず習います)、これを外すことは考えられない。タチウオも黒のサイコロにイメージが対応して4文字になる数少ない魚だし、だいいち自分が変えたくない。であれば「タイ」を「マダイ」にして頭文字を変えて回避するしかない。すると3文字の魚が3つ並ぶので、どれかを変える必要がある。何か別の魚は……あ、煮付けでよく食べていたハギが2文字でちょうどいいか? しかしそうするとハギは赤/青/白のどれにも色が対応しない、じゃあ青のサヨリを外して、身の色が黄色っぽいから「黄:ハギ」にしよう。
 「メバル、ハギ、タチウオ、マダイ」、文字数も3-2-4-3となって区別しやすく綺麗だし、これで行こう。仕入れるサイコロが青から黄色に変わるから、在庫が仕入れられそうかだけチェックして、問題なければ決まり。

 名付けが大事というのは、こういうことです。先に決めていたから12月の時点で問題に気づけたし、コンポーネントと合わせて検討しつつ改良することができた。『三津浜』の魚種のようにゲームの心臓となる部分はときにユーザエクスペリエンスを左右することもあるので、疎かにできません。


 最初は1記事で書いてしまおうと思っていたのですが、予定よりもずいぶん長くなってしまったので、後編に続きます。パラメータ調整の話などする予定です。今年中に書けるかな……。



<2019/12/27>


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