偏愛ということ




 ※この記事は「Trick-taking games Advent Calendar 2019」の16日目の記事です。

 技術の話をしたい。
 のだけど、残念ながら俺に技術はない。もっと適任な方がきっといっぱいいると思う。でも案外このへんは誰も書かない。作品の話がいっぱい出てくるのとは対照的だ。きっとダニング=クルーガー効果のせいで知識があるほど謙虚になるのだと思う。その点俺は無知だから、分かったつもりになって自分の狭い知識を書いてみよう。そしたらたぶん誰かが訂正してくれる。
 そういうわけだからきっと、自分語りにしかならないと思う。だいたいここに書いたようなことは、この記事を読む人なら全員知っている。それは仕方ないし、何を語ったところで語り手の顔が見えるのは避けられない。だからこれは、俺の偏愛をめぐる話でもある。長い記事だ、暇つぶしに読んでくれたらいい。

避ける

 ビンゴゲームみたいなマス目がその紙に書いてある。スペードやハートといったトランプのスート(マーク)があったり、Ωだの#だのがあったりする。

 何年も昔のことだけど、その紙を使ってトランプを遊ぼうと言われた。もちろんそんな遊び方は見たことないから楽しみ半分不安半分だ。ルールを聞く。4人戦でカードを1枚ずつ時計回りに出すらしい。ただし打ち出しと同じスートが手にあれば、それしか出せないらしい。それって隠しててもばれないんじゃないのと思ったが、ズルしようと思えばし放題なゲームはほかにも多いのだから一種の協定だろう。打ち出しのスートで一番数字が大きいのを出すと出たカードを取れる。いや、取らされる。
 というのは、全員カウンターを17個ずつ持ってて、勝負中に各スートのQを取ったらカウンターを失って対応するビンゴマスに置く。他にもn回目にカードを取ったり、最後に取ったりしてもやっぱり置く。ビンゴしたら追加でさらに失う。だからとにかくカード取ったら負けだ。しゃがむ。そういうゲームだ。
 それは分かったのだけど、何をどう出せばいいかは全然分からない。とりあえずやってみる。最初は低いカードを出していい感じにしゃがめてたのだけど、それをやると後半の手札が強いのばっかりになるわけで、うっかり勝ちカードを出した瞬間に周りが一斉にQを押し付ける。そして俺は最初の勝負でビンゴマスをフルコンプして持ち点17を一瞬で失い、ゲームが終わった。

 さすがに展開がひどすぎたので「じゃあ今のでルールが分かったところで、もう一回!」だ。

 さっき失敗した分、今度は少しは分かる。例えば右隣(自分の先番)のプレイヤーが強いカードを出したらその少しだけ下を出して負ければ、強いカードを処理できる。自分がラスト手番で場にQとかのマイナスのカードがなければ、そこはAやKで勝っても問題ない。あとは打ち出しのスートが手札になければ好きに出せるので、そうなったタイミングでAやKを捨てればより安全だ。もっと言えば、スートがない状態を作ってやればいいのだから、短いスートを先に出せれば出したほうがいい。そのスートが早々になくなれば手札のコントロールが効く。そういう手持ちにないスートのことをヴォイドと呼ぶと知ったのは、もう少し後だ。
 だから多少のリスクはやむを得なくて、1枚カウンターを失っても後で得できるなら少しだけ失点すればいい。前半の失点を惜しんで後半で勝ってしまうと、勝った人が次の打ち出しをするからどんどん勝ち続けて余計状況が悪くなる。全部完璧に負けることを目指すのでなく、他人よりも負けないようにすればいい。そう思って色々工夫していると少しずつ楽になってきて、すると楽しくなる。たまに手札全体が弱いときがあって、そこで俺が0勝を達成したと同時に偶々別の誰かが点数0になって、0勝だと全カウンターを回収できるため、巡りよく1位になれた。なるほど、やり方が分かるとなんか楽しいじゃん、と思った。

 それが俺の、いわゆるトリックテイキングを遊んだいちばん最初だ。技術は見よう見まねでやってみただけなのだけど、割と面白かった。デヴィッド・パーレットという(ドイツゲーム大賞も取った)有名なゲーム作家の作った、アゴニイ・アーント、というゲームだ。

 その後、似たようなゲームでブラックレディというのを遊んで、こちらはさっきのビンゴ用紙を使わない代わりにスペードのQが-13点と全てのハートが-1点になる。あと最初に右隣へ手札を2枚、その後右隣へさらに1枚、と2回渡す。このへんの渡し方も、ヴォイドを作ろうと短いスートを渡して減らしたときに限って、左からそのスートのAが回ってきたりしやがる。なるほど単純に切らすだけではダメなのだな、と知る。これも5戦して総合点は悪くなかった。
 シンプルだ。シンプルなのに見たことない面白さがある。というかトランプにこんな遊び方があるのか、という衝撃があった。これがWindowsに入っているハーツというゲームだと知ったのも結構後だった。

競る

 それから、遊べる機会を探してはそういうゲームを遊びに出掛けた。いちばんよくお世話になったのは大井町の喫茶マーブルさんで月一開催しているトランプ夜会というゲーム会で、トリックテイキングを始めとした色々な種類のトランプゲームを、草場純さんが教えてくださる。このお店と会の暖かい雰囲気が大好きで、今も機会があればトランプ夜会やゲーム会にお邪魔している。

 例えばそこでやった500(ファイブ・ハンドレッド)というゲームが面白かった。これもゲームの回し方は同様なのだが、今度はゲームの前に勝ちたいか勝ちたくないかを自分で選んで、何勝できるかオークションをやる。何勝が何点、0勝だと何点、みたいな決めがあって、時計回りにオークションで点数を競り上げるのだ。オークションに勝てば得点機会をもらえるが、当然手札がそれを許さなくては話にならない。さらにオークションの落札者は、切札といういつ出ても一番強いスートも決められる。そのときは5人戦だったので、落札者は切札を決めた上で、自分のパートナーを指名して2対3で戦う。
 これも最初は感じがまったく分からない。ブラックレディは知ってるのでミゼール(0勝のこと)なら感じが分かって競り値が言えるのだが、勝つほうは見当がつかない。よほど強い手札じゃないと勝負なんてできねえじゃん、という感じだ。そこで経験者の競り値と、そこから出てくる手札を見るのだ。勝負のあとで聞いてもいい。上手い人はやっぱり落札の成功率が高いのだ。どのくらいカードが集まってたら何点ぐらいまで言えるのか? 基本は自分の長く持っているスートを切札にするのだろうけど、微妙なときにどうやって勝負をかけるかだ。

 ぶっちゃけ、こんなもんは失敗して覚えるほかない。どうせゲームだ。1勝負だって短い。なんとかなったりならなかったりする。5回10回のんびり回してると感じは少しずつつかめてくるもんで、負けも楽しんでいこうぜ。
 切札を早く出せる状況がつくれると有利で、だから短いスートから先に吐き出していくのはさっきのアゴニイ・アーントやブラックレディと同じだ。最初の打ち出しを自分が取れるので、そこでパートナーに「このスートさっさと処理したいんでよろしく」とシグナルを送ったりできる、かもしれない。ヴォイドが作れたら切札で相手チームの強いカードを切れる。あと切札はたいてい自分が一番よく持ってるから(というか自分が沢山持っているスートでオークションに勝つので当たり前だ)、切札の低めで打ち出すと相手チームの切札を吐かせられる。そこで出てくるカードのランク(数字)によって、なんとなく誰が何枚持っているかというブレイク(手札の分かれ)は見当がつくものだ。そして重要なこととして、パートナーが勝っているときに自分は勝つ必要がないから、パートナーの高い札には低い札で合わせる。高い札どうしがかち合うと、ウィナー(勝ちを確実に取れる札)を1枚減らしてしまう。

 パートナーがいるがゆえの技術って色々ある。たとえば俺はスカートという3人ゲームが大好きでよく遊ぶんだけど、このゲームはカードごとに点数が決まっていて、それを半分以上集めれば勝てる。3人のうちオークションで勝った1人が2人を相手に戦うので、2人はいわばパートナーだ。ソロイスト(このゲームで落札者をこう呼ぶ)が強い手札を持ってることは百も承知で、なんとかこいつをダウンさせたいと思うわけだ。
 パートナーが勝てば自分は勝つ必要がない。だから先にパートナーが勝てば、自分はそこに負けるポインター(点数のあるカード)を差し込めばいい。もう少し慣れると、ソロイストが半端な切札で打ち出して次の自分が切札を持ってなかったら、ポインターを出す手がある。最後に出すパートナーに、強いの出してこの2枚取れ、と合図を送ることができる。パートナーが切札を持ってなかったら? それも人生だよ。人生は選択の連続だ、失敗だってあるだろ。

 俺は競りが好きだから、こういう仕組みはすごく好きだ。もちろん競りが苦手な人も多いだろうから万人向けのゲームじゃないんだけど、手札によって競り値を変えられるから慣れると結構勝負できるもので、分かるほど楽しみが増えていく。パートナーがいれば着手で対話する楽しみのおまけもある。

対話する

 対話といえば、去年京都で遊んだときは、こんなこともあった。

 パスカットランという、俺の知人のりかちさんという方が作ったゲームだ。4人専用でトランプ52枚を配り切る。普通のゲームだとパートナーはだいたい対面してチームが交互になるよう座るけど、このゲームは隣同士がペアだ。だからプレイ順も普通の時計回りじゃなくて、勝った人が打ち出しをプレイしてパートナーが最後にプレイするように、時計回りと反時計回りが入れ替わる。今回俺のパートナーはすかいどんさんという、京都を拠点に大喜利ラジオとかやってるすごい人だ。
 例によって最初はよく分からないので、とにかくやってみる。3巡目ぐらいか、俺が確かクラブを打ち出して相手チームに取られそうなところで、すかいどんさんが切札で切った。その次に彼が打ち出したカードは俺が2巡目で無くなったスート。あ、と思った。当然、切る。
 そういうことだ。すかいどんさんが持ってないスートを俺がリードし、向こうが切札で切る。俺が持ってないスートを彼がリードし、俺が切る。切札で切ることを英語でラフというが、こうやって交互に切って勝ち続けていく、クロスラフというテクニックだ。ブリッジというゲームでよく使う技術で、ブリッジの場合はパートナーが向かい合わせだから同じことをしても最後の相手方のカードでさらに切られて負ける恐れがある。その点パスカットランは最後がパートナーだから、相手方が切ってもなお勝つ余地がある。
 クロスラフに向いている、というより明らかにこれをやらせたいゲームだ。りかちさんはブリッジプレイヤーだからこういう作品を思いつくのだ。今振り返るとそう思うのだが、そのラインをゲームルールが自然に提示しているので、最初に成功したときは初級者の自分にとってはちょっと感動ものだった。なんならハイタッチぐらいはしたかもしれない。出したカードでこれが分かるというのが、すげえ、と思うのだ。

 対話できるのはカードだけじゃない。さっきのオークションみたいに、宣言ができるゲームがトリックテイキングにはいっぱいある。
 ドッペルコップというゲームがあって、これは全体では個人戦なのだけど各ラウンドでは2人ずつチームを組む。ただ、そのチームは2番めに強いクラブのQを持っている人2人、持っていない人2人、という組み方だから最初は誰が自分のパートナーか分からない。クラブのQが出たら当然分かるんだけど、もうひとつやり方がある。
 クラブQ側は、自分が勝つと思ったら「レー(Re)!」、相手側も自分が勝つと思ったら「コントラ(Kontra)!」とそれぞれコールできる。コールして実際勝てば点数が増えるから、手札に自信があるほど言いやすいわけだけど、それ以上に「自分はこっちのチームです、よろしく」と伝える意味合いが強い。宣言したら、パートナーにだけチーム構成がはっきり見えるわけだ。
 だからあくまで俺の場合はだけど、クラブQ側で手札がむしろ弱いときにこれを言ってしまう。このままじゃ勝てません、助けて! 点数高いカードちょうだい! と伝える。そうすると、序盤にこれしか持ってませんって風情で10点カードをくれたりする。もちろん相手もそれを見てるからなんとなくチームの見当はつくわけだが、確定でないから適当にごまかしたり口三味線でも弾いたりする余地がある。ま、その見当が間違ってたときは悲惨だけどね。アプリでよく遊ぶけど、だいたい俺のスコアは悲惨なもんだよ。

 宣言によって手札の強い弱いがなんとなく分かるっていうのはトリックテイキングの大部分に共通の技術で、例えばスペードという対面パートナー式のゲームでは、全員が手札13枚中での自分の勝ち数予想を順番に言い、チームの実際の勝ち数合計が2人の予想合計に到達したら点数を貰える。あまり宣言と実績が外れても失点になるので、基本は正直に予想を言う。すると、だいたいの手札の内訳が分かってくる。前のプレイヤーの宣言を聞きながら自分の手札の強さを推し量って、勝ち数宣言をすこし変えられる。
 システムのよく似たオーヘルというゲームでも似たことはするけれど、あのゲームの半分ほどは山札に残っている枚数が多い状態で宣言するので、運にかなり左右されて俺は正直そんなに好きじゃない。それでも遊べばままならなさがちゃんと楽しい、楽しいんだけどそれはどっちかっていうとパーティ系のそれで、プレイが正しかったかどうか、技術的な落ち度なのか運のせいなのかを確認できない。勝ち数の見積りや宣言の技術という点では、常に52枚を4人で配り切るスペードのほうがずっと上達すると思う。慣れてくると、宣言は概ねうまくいく。すこし冒険した宣言がぴったりメイクしたときの達成感は格別だ。

踏み込む

 逆に、見えないカードが多いがゆえの楽しみも、もちろんある。

 2人用のゲームだとたいてい山札を使うんだけど(詳細は12日目の記事も参照)、端的な例がブリスコラだ。8~10を抜いた40枚のイタリアンパックを使い、カードの点数を多く集めるのが目的だ。4人まで遊べるのだけど、どの場合も手札が3枚しかない。だから2人戦だとカードは大半が山札に眠っていて、1勝負ごとに1枚山札から引いて3枚にする。しかも打ち出しと同じスートを出さなくても別にいいらしいし、これでどうやって戦えばいいのか?
 これは確か別府さんとBGAで見つけて何度か試したのが最初だったと思う。最初はお互いどうプレイすればいいか分からず、それでも少しやってると、切札でない高得点のハイカードをうっかり出すのは危険だという原則にすぐ気づく。スートを合わせる義務がないので、低い切札で簡単に切れてしまうからだ。ていうか切られてそれを覚えた。相手がどうでもいいローカードを出したときに、同じスートのハイカードで取るのが基本だ。
 それでも、ハイカードを溜め込むだけだとアゴニイ・アーントみたいに手札が悪化していく。何回かやってみて配りやプレイの流れを見ていると、なんとなく今切札少なそうだな、手札で苦労してそうだな、という気配は察せられるようになってくる。あるいは手札が整っていない最序盤でも踏み込む価値はある。そうしたタイミングで、相手が切札をさっき引いてないことを祈ってハイカードを思い切ってプレイする。当たると嬉しいし、結果が悲しくなっても相手の切札が高ければそれを使わせただけ無駄にはならない。あるディールでそう思って終盤のトリックでハイカードを出したら、別府さんに切札が残っているのをカウントし間違えて大敗したのはよく覚えてる。それも人生だ。カードカウントは大事だ、いいね、覚えたね。

 チーム戦や多人数戦でも似たようなことはあって、たとえば自分がいま何番目にプレイしているのか、が結構大事だったりする。例えばそれこそブラックレディの5人戦で、スペードのAやKを処理しあぐねて困るようなことはある。普通に出すとQを掴まされて-13点だ。そこでスペードの打ち出しで、5人中4番目のプレイが回ってきたとする。前にもう3人がプレイしているのだから、左隣がスペードQを持っている可能性は25%。スペードが短いときは、思い切ってAやKを出すことが俺は多い。後半でプレイするのはもっと危険だから、と思っている。
 一方パートナー戦で、例えばブリッジでパートナーのカードを開いていたり(これはダミーと言って、ビッダーのパートナーは手札を公開してプレイに参加せず、ビッダーが2人分プレイする)、ピノクルでカードを交換していて相手の手札をなんとなく知っていたりする場合。相手が切札のハイカードを持っているケースは当然あって、それをこちらのハイカードにぶつけられると取れる勝ち数が減ってしまう。だから自分が打ち出しを取っていれば、低い切札を出して相手、特に時計回りで先番となる左隣にハイカードを出すことを誘導する。左隣の相手がローカードを出せばパートナーは少しだけ上の低めのカードで勝つ/勝ってくれるし、左隣のハイカードを釣り出すことができれば、そのとき勝ちを譲ることで後からウィナーになるカードが増える。もし左隣でなく右隣の相手がハイカードを持っていればこの前提が崩れて結果が悲しくなるのだが、確率50%ならやる価値はある。フィネスといって、これも割と基本だけど重要な技術だ。個々のセッションで覚えているわけではないけれど、フィネスをかけられるとあっと気付くので結構悔しく、その気持ちはなかなか忘れられないものだ。

残るもの

 こういう、いくつも遊んだセッションの積み重ねが記憶になるし、いくつかは技術として残るし、技術がわかってきたりそれが成功したりすると楽しくなるし、その楽しいセッションの記憶がゲームへの愛だと俺は思っている。
 いろんな人と遊んできて最近すこし分かってきたことがあって、このジャンルは人によって好みがひどく分かれることと、楽しむためにはある程度の技術や知識を要求されるということだ。だから万人受けするジャンルではない。上にあげた例がトランプばっかりだったことからもわかると思うけど、パッケージよりもトランプの伝統ゲームのほうが俺は好きだし、逆の人だって多いし、どっちも好きな人も、ジャンル自体が苦手な人もいる。メカニクスが単純でバリエーションが豊富なぶん、その傾向は顕著だ。だから偏った好みを俺は語ったにすぎなくて、好みが違う人に届くようなものじゃないかもしれない。ほとんど意味のないことかもしれない。でも、およそ偏ってない好みというものはない。

 だから、偏愛でかまわない。
 ここにあげた技術なんて一端にすぎない。間違ってるかもしれない。
 だけど遊んでいて見つけたひとつひとつの積み重ねが、セッションが、自分にとって大切な記憶だし、それが俺にとってのトリックテイキングだ。知れば知るほど新しく見つけることが増えていく。いろんなプレイングができる。懐の深い世界だ。そうやって愛着はできていくものだ。遊んでみたらきっと新しい発見があるし、だからその楽しさが伝わったらいいと思うし、だいいち俺だってこのジャンルじゃ初級者だよ。一緒に間違えながら、遊ぼうよ。きっと楽しいから。



<2019/12/16>


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