『シンカー』デザイナーズ・ノート




今年(2017年)の1月に Trick Taking Partyゲーム賞 に応募した、自作トランプゲーム『シンカー』が一次審査を通過してひゃっほうと喜んだので、調子に乗ってデザイナーズノートを書いてみます。
デザイナーの皆さまの参考になるかは分かりませんが、筆者のドヤ顔を生暖かく見ていただければと思います。

ルールはこちらですが、先に読まなくても本文には影響ありません。
後日2人用アレンジも作りました。

今回は、作った経緯やアイデアの説明を時系列でつらつら並べていきましょう。
「1 思いつくまで」「2 応募まで」「3 結果」の3章立てです。


1 思いつくまで


『シンカー』は、トリックテイキングゲームです。
最初に思いついたのは去年(2016年)の確か11月頃で、その頃にはまだ今回の賞も発表されてなかったので、たまたまアイデアが湧いてきたのでした。その頃はフィプセンというゲームを気に入って何度か遊んでいたので、たぶんそこからの連想だったのだろうと思います。
フィプセンは典型的なパブゲームで、3〜4人で遊びます。手札5枚で勝てる回数をビッドして(賭けて)、プレイで達成できたら得点、失敗なら失点します。ビッドが大きいほど点数も大きく動きます。手札5枚なので最大のビッドは5勝です。ビッドが通るのは一番大きい数を言った1人だけで、大きいビッドを賭けるほど強い、というのがポイントです。

こういう「大きくビッドするほど強い」仕組みはトリックテイキングではよくありまして、では逆に「小さく賭けるほど強い」ゲームを作ってみてはどうか? というのを、ある日の夜中にふっと考えつきました。
類例はあります。トリックに勝つとマイナス点を受けるゲームがいくつかあり、トリックアボイダンスと呼ばれます。ハーツが代表的ですが、ハーツにはビッドはなくプレイングだけです。
トリックアボイダンスで、かつビッドをするゲームはその場では思い当たらず(あとで一応『トランプゲーム大全』もパラパラ見て、似たものはなさそうなことを確認しました)、何か新しいアイデアができそうで、夜中の2時だか3時頃にあれこれと1時間少々考えました。そのメモがこれです。

トリックテイキング。3-5人。ジョーカーを除く52枚のトランプから、2-6を抜いた32枚を使う。強さはAKQJT987。手札を各5枚配って残りを山札にする。ディーラーの左隣から順に、手札から1枚以上の好きな枚数を裏向きに捨てて山札から同数引く。

プレイの前にビッドを行う。ビッドはディーラーの左隣から始めて時計回りに、自分が取る最大トリック数を宣言するかパスする。トリック数は低いほど強いビッドで、3からしか宣言できない。誰かが宣言したら次の人はより低いビッドしかできない。ソフトパス。
ビッドの強さは弱い順に、3→2→1→0→オール。オールというのは全トリック取る特別なビッドで、0に対してのみ宣言できて0より強い。残り全員がパスしたら、一番強いビッドを宣言した人がデクレアラーになる。デクレアラーは山札が残っていれば取って手札から同数捨ててもよい。
オールを宣言した場合のみ、捨て札を全部取って、手札が5枚になるように捨て札してもよい。それからプレイを行う。最初はディーラーの左隣から打ち出して、普通のマストフォロー、ノートランプ。デクレアラーが取ったトリック数をビッド以下に抑えれば勝ちで、超えたら負け。

デクレアラーだけが得点/失点する。得点は5-ビッド数、オールは10点、失点はビッドに準じた得点を2倍する。好きなディール数やって合計点を競う。

この時点で、完成版ルールの原型はだいたいできています。少し詳しく見てみましょう。

キーアイデアは「アボイダンスビッド」です。アイデアからして緻密に読むゲーム向きではなく、ワンアイデアの簡単な、できれば初級者向けのゲームにしようと思ってました。なので枚数はスカートデッキの32枚、手札は5枚にしています。山札をある程度残して運要素を強め、さらに手札との入れ替えでギャンブル性を作るようにしました。手札を山札と入れ替えられるのはフィプセンやスカート、22(きゅうり)あたりからの借用です。
ビッドを3から始めるのは、覚えやすく、かつ全トリック数の半分を起点の目安にしたからです。とはいえゼロも大して難しくないので、変化球として「オール」を入れました。フィプセンの「キーカー」ビッドを真似ています。低いほうをプレイヤーが目指す中で誰かが逆を狙うのは、トリックテイキングのビッドとしては標準的な張り方です。誰かの手札がローカード中心なら別の誰かはハイカード中心に偏るからです。さらに捨て札にはハイカードが眠っているので、オールビッドでこれを拾えるようにすれば、捨て方にも駆け引きが生まれそうです。この時点でまだ頭の中だけのアイデアですが、オールビッドは良く機能するように思えました。
ビッドがすべてのゲームなので、プレイは単純にしています。迷ったのは切り札を入れるかどうかで、デクレアラーのオープニングリードを切り札にしてもよかったのですが、難易度が跳ね上がる予感がしたので素直にハーツに倣ってノートランプ(切り札なし)にしました。
得点は仮決めでした。完成版の半分ほどの点数になっていて、今見ると振れ幅が小さそうですが、これでも悪くはありません。失点2倍というのも伝統ゲームとしては標準的です。

全体としては、ヨーロッパの伝統ゲームのパロディというか、その簡易版としてそこそこ見栄えのする形にはなりました。普通のゲームのビッドを逆向きにしただけなので、ある程度の面白さは保証されているはずです。
なぜこういうビッドのゲームがないのかは分かりませんが、多分、負ける調整は勝つ調整よりも簡単だからだと思います。勝つ方向のビッドが既存ゲームには多く、それがトリックテイキングの敷居を上げているような気がして、なのでこういうゲームも初心者向けのビッド練習ゲームとして所を得る余地はあるのではないか、という気持ちはありました。
タイトルの『シンカー』もここで決めました。ゲームで点数を得て叩かれないように「もぐる」という言い方からの連想です。

こんなアイデアを明け方近くまで考えて、上のメモから バージョン0.1のルールテキスト を起こしたところで寝ました(余談ですが、筆者はできるだけ早い段階でルールテキストを起こします。ここでは箇条書きと文章の中間くらいですね)。この時点ではまだどこかに出すつもりもなく、ゲームマーケットでA4のルールをおまけで配ろうかくらいにしか考えていません。


2 応募まで


その年末だったか今年の年初だったかに「Trick Taking Partyゲーム賞」というのがあると聞きました。
「Trick Taking Party」という、名前のとおりトリックテイキングだけを遊ぶすごいゲーム会が不定期に開かれているらしく、いや私は行ったことないんですが、その主催者の方がトリックテイキングだけを集めたコンテストを開催するらしいのです。

聞いたときにはもう時間がなかったので多分年初だったと思うんですが、折角だし賑やかしになんか自作出すかと思って、最初に思いついたのが本作でした。よし、とりあえず1作は出せる。だいたい形は決まってるので、後はテストをかければ問題なさそうです。
(ちなみにもう1作オリジナルデッキでやや実験的なものも作って応募したのですが、そちらはその後調整がめためたに難航していったん棚上げしてます。興味ある方は個人的に聞いてね。)

少し分かりやすくリライトし、手札を増やした バージョン0.2 を元に2回テストをかけ、結果をもとにバージョンを0.4まで上げました。基本の骨組みはこのままで良さそうでしたが、いくつか調整をしました。

◆ディール

・人数を3〜5人から、3〜4人に変更。

◆ビッド

・ソフトパス(パス後の再ビッド可)をハードパス(不可)に変更。
・ダブルゼロ、ダブルオールのオーバービッドを追加。
・ビッド後に山札は引けないよう変更。
・全員が一巡でパスした場合、最初はディールが流れるようにしていたが、「ダイビング」のルールを追加。

◆プレイと点数

・打ち出しをデクレアラーに変更(ルールの簡易化です)。
・デクレアラーの得点を(5-x)から(10-x)に変更。失点の倍付けは削除。
・オポーネントには、トリック数x(-1)点が入るよう変更。

以下は調整の意図です。

ディールについては、5人で5トリックだと最初のトリックさえ逃げたらほとんどデクレアラーの勝ちが確定しそうだったので、ゲームの綾を楽しめないと判断しました。下手に対応人数を広げるよりも3〜4人に絞ったほうがゲームバランスが安定しそうなので、思い切りよくいってます。実際にプレイした感じでは、4人でも悪くないと思いますが、ベストは3人です。

ビッドと点数についてですが、この調整段階でもうひとつ、ゲームに「悪意」または「意地悪」を入れようと思いました。例えるならクニツィア的悪意というか、「ポイズン」「ハイソサエティ」の引くに引けないジレンマというか、そんな感じのやつを目指しました。ビッドは大きく張らせてなんぼなので、それをシステムから差し向けてあげるほうがゲームの盛り上がりを演出できると思ったからです。
まずハードパスにすることで、前のビッダーが日和って降りたら最後の人が簡単に「3」を言えるようにしました。遊んでみると分かりますが、アボイダンス(ミゼール)で7トリックで3ビッドはほとんど成功します。初心者ならこのくらい成功率が高いほうが達成感を得られますし、慣れると安易にパスしては負けるのでビッドは必須です。ブリッジのようにビッドで戦略を立てるならソフトパスにすべきですが、ギャンブルゲームにはハードパスが向いています。
「ダイビング」も同様です。これはスカートのラムシュを借用したもので、全員が降りた場合にもプレイを強制します。最多トリックが-10点と大きく設定してあり(同数最多は全員-10点)、全員パスも嫌、でも自分からビッドするのも嫌、というジレンマを狙いました。その狙い通りかどうかはともかく、自分はこの部分を執筆しながら変な笑いが出てなかなか楽しかったです。
ダブルのオーバーコールは競りをより活発にしたくて追加しました。初手ゼロ、初手オールに対する牽制でもあります。

オポーネントのマイナス点は1回目のテストで出たアイデアで、デクレアラー以外にもプレイの目標・緊張感が出たほうがよいという意見を受けて追加しました。ビッドの成否が確定しても最終トリックまでプレイしなくてはならないのが難点ですが、実際入れてみると1回の勝ちが3回の負けで相殺される程度の丁度良いバランスで、これはこれで悪くありません。その辺りを加味して、勝ち点は(10-x)にしました。失点のx2はなくして、プレイヤーのやる気を削がないようにしました。
ビッドの成否が確定した後のプレイは、ルール上は続ける(最終トリックまでプレイする)想定です。プレイヤーの好みによっては、打ち切ってもかまいません。他にも細かいところはプレイされる方の好みで適当にアレンジしてください。伝統的なトリックテイキングは、しばしばローカルルールが沢山枝分かれしているものです。


バージョン0.4から文章を少し直したものが決定稿です。最終的なキーシステムは「トリックアボイダンスのビッド」、テーマは「意地悪」です。
トリックアボイダンスなのでそもそもの敷居は下げてあります。その一方で、ビッドでのゼロとオールの対比、捨て札の捨て方、ハードパス、オーバーコール、ラムシュ(ダイビング)、これらの要素で苦しさを演出することで、うまくカウンターバランスを取れればいいと考えました。結局TTP賞で一次審査を通ったので、そのバランシングが多少はうまくいったのでしょう。
最初のルールからあまり変えていないつもりでしたが、こうして書いてみると案外細かい調整が効いているのだな、と実感します。もっとも、ゲームデザインでは誰でもこのレベルの細かさで調整するものだと思いますが、その重要性がよく分かります。

最終的には程々にまとまり、完成品としての体裁がついたので――というか2回目のテスト時点で締切間際だったのですが――無事メールで完成ルールをお送りしました。
応募後に主催のひげさんから「最適人数は何人でしょうか」とご質問がありました(3人とお答えしました)。おお逐一確認してくださるのかすげえなあ。この熱意ですよ。


3 結果


応募当時の気持ちなどを、少しだけ。

『シンカー』で、大賞を取りたいという気はありませんでした。ゲーム規模が小さすぎます。この小ささでは一次審査も微妙だと応募当時は思っていて、ただ、特別賞的な何かが万が一のチャンスで貰えたらいいな、という希望はちょっとだけありました。
このゲームはヨーロッパの伝統ゲームのフォロワーです。ちょくちょく既存の伝統ゲームの元ネタを挙げましたが、引用はすべて意識的に行ってますし、ルールの導入部が翻訳調なのも意図的です。作者性も薄めています。スカートやフィプセン、500、ユーカー、22、ツーペン等々を遊んだときの手触りをできるだけ入れ込むようにしました。
他の応募者の方々がどういうゲームを作られるかは分かりませんでしたが、こういうパブゲームは少ないだろうと想像していました。遊ぶと案外楽しいし好きな人は好きだと思いますが、それでもこのゲームは地味です。きっと人も選びます。日本でこの手のトリックテイキングを遊んでいる方は多くないでしょう。
ただ、審査員の方のお名前を見て、この人達になら制作意図のいくらかは伝わるという気がしました。ヨーロッパ風味だとか、下敷きにしたメカニクスだとか、そのあたりのニュアンスが少しでも伝わってほしいと思ってルールを書きました。

そしてフタを開けてみたら一次審査通過。さすがに8作品の中に入るとは思っていなかったのでとても嬉しく、想像以上の評価をいただけて感謝しています。
トランプと筆記用具/チップさえあればできますので、パブゲームとして気軽に遊んでみてください。多くの方に楽しんでいただければ何よりです。作者の名前が残らずにゲームだけ覚えてもらえれば、それが最高ですね。

シンカー_ルール.pdf
シンカー_日本語ルール_2人用.pdf




<2017/10/12>


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