トリックテイキング用語を和訳してみる




※この記事は「Trick-taking games Advent Calendar 2018」の4日目の記事です。

はじめに

 トリックテイキングに初めて触れるとき、最初にひっかかるのが独特な用語です。慣れてしまった今でこそトリック、リード、ノートランプ、さらにはマストフォローマストウィンマストオーバーラフなんてスタバの呪文みたいなのも当たり前に理解できるようになったあなたも、初心者の頃は意味不明でひとり卓で恐怖を感じたことがありませんか? 私にはある(幸いすぐに説明してもらえましたけど)。
 先日そんな用語のいくつかを、別府さい(@allotment31)さんが見やすくまとめてくださいました。


 見通しがよく素晴らしい一覧で、これ1枚で理解にはだいたい事足りるのではないかと思います。

 ところでこれを見ながら、私は違うことを考えてました。
 というのは、トリックテイキングが難しいことの一因が用語やプレイ規則にあるとして、カタカナ用語を説明して理解を広めるのは根本的な解決ではなくて、そもそもカタカナ語の説明が必要なこと自体に問題があるのではないか? ということです。よく広まったゲームで専門用語が続出することってまずないと思います。だって大富豪のルールを説明するとき、わざわざ「ゴーアウト」なんて言いませんよね。
 カタカナ語というのは要は外来語です。トリックテイキング自体がヨーロッパのゲームですから輸入にあたって外来語を使うのは当然なんですが、ずっとそのまま外来語を使うことによって敷居を上げちゃってる面があるのではないか、と思ったわけです。

 だから、訳語をあててそれを使うようにすれば、このジャンルに対する敷居が少しは下がるのではないか。上の「言い換えメモ」は詳しい説明のかたちでの「言い換え」ですが、外国語と日本語の一対一での「言い換え」もあるのではないか。
 というわけで、この記事では私の提案をいくつか示してみようかと思います。

用語を訳してみる

 まずはトランプ用語から。

デッキ山札
ハンド手札
シャッフル切る、またはそのまま
カットそのまま
ディーラー親、配り手、またはそのまま
ランク数、強さ
スートマーク、色、またはそのまま

 このあたりは定着していると思いますので、そんなに迷うことがないですね。「手札」なんかは、聞いたことがなくても多くの人が直感的に理解できるでしょう。
 「親」をディーラーにするかリードプレイヤーにするかは、好みが分かれそうです。日本の感覚だと親は先番のプレイヤーですよね。これは説明する人の好みで、どちらでもいいと思います。「配り手の左が最初の親」または「親の左から始める」どちらの説明も可能だからです。
 ランクは厳密にいうと数ではありませんが、数と言ってしまうのが簡単でしょう。

 続いて、トリックテイキング用語です。

リード(動詞)打ち出す
リード(名詞)打ち出し(カード、プレイヤー両方を指す)
台札(カードの場合)
フォロー縛り
マストフォロー縛りあり
メイフォロー縛りなし

 リードを「打ち出す」と表現するのは、ニュアンスでなんとなく理解されるかな、と思います。そのまま名詞にして「打ち出し」と呼ぶのも意味が明確です。一方の「台札」というのは昔のトランプの本には結構使われていました。今は用例が少ないかもしれませんが、「リード」よりは広い年齢層にとって覚えやすいのかなと想像していて、使って損はない言葉だと思います。私は名詞としては「台札」が好きですが、「打ち出し」「台札」どちらも良いのではないでしょうか。

 フォローの概念は、大富豪のローカルルールから言葉を借用しました。「〜に限定する」というスラングですが、分かりやすい表現です。実際に説明するときは「打ち出したカードでマーク縛りがかかる」とか、慣れたら「台札縛り」とかの表現にすると「マストフォロー」よりもイメージがしやすいかと思っています。ですので、マストフォローは「台札縛りあり」メイフォローは「台札縛りなし」です。(厳密にいうと「メイフォロー」は単純な制限なしとはニュアンスが微妙に違うのですが、話がややこしくなるので端折ります。)

トランプ切札
ラフ切る
スラフ捨てる
マストラフ切札縛り
マストウィン訳なし(台札マークなら必ず勝つように)
マストオーバーラフ訳なし(切札なら必ず勝つように)

 「切札」は、普通の日本語としてニュアンスが理解されるのではないでしょうか。「切札だから一番強い」という言い方には違和感がないはずです。マストラフは「切札縛り」だとマストフォローとの優先順位がはっきりしませんが(「切れるなら切る」といった言い方でもいいかもしれません)、説明の順番で「台札のマーク縛り、なければ切札のマーク縛り」などとすることで工夫できるかなと思います。

ビディングオークション、競り
ビッド入札
デクレアラー競り勝った人、親
ウィドウ、キティ余り札

 ビッドは本義の「競り」からすると、オークションと説明してしまうのがいいのかなと思います。訳とはちょっと違うかもしれませんが、bidという語は日常用語の範疇ではないでしょうから、オークションのほうが通じやすいでしょう。betとの混同も避けられます。
 デクレアラーは悩みます。「宣言者」では硬すぎますし、そのままカタカナで使うのもためらわれます。ゲームによっては「親」をこっちで使って、「親vs子」という説明にするのが分かりやすいのかな、と思っています。手本引きやカブ、ブラックジャックみたいなイメージですね。するとディーラーのほうを「ディーラー」のまま使うのがいいのかな、やっぱり。

 ともあれ、このくらいの用語を言い換えておけば事は足りるのではないでしょうか。シュナイダーやシュヴァルツといったゲーム独自の用語は、そのまま残してもいいのかなと私は思います。ゲームが元々持ってる土地の雰囲気も多少は残すほうがそれっぽくなるので。でも場合によってはシュヴァルツを例えば「総取り」「オール」、マリッジを「結婚」などと訳してもいいかもしれません。

実際に説明してみる

 このくらい用語を揃えればルール説明もできそうですので、試しにフィプセンの説明をしてみます(ただの例なので、読み飛ばしてもかまいません)。

《フィプセン》
 3人または4人ゲームで、5枚の手札で勝ち数を競います。カードは2〜6と、ダイヤ以外の7を抜いた25枚です。誰か1人がディーラーになって山札をよく切って、5枚ずつ全員に手札を配り、2枚をテーブル中央に置きます。余った3枚はよけます。
 最初に、ディーラーの左隣から時計回りで「自分の勝ち数」をオークションします。勝ち数を順番に入札するかパスして、強い入札が入ったら前に入札した人は「ホールド」と言うと、同じ数字で優先権のある入札ができます。いちばん高い入札をした人がこの回の親になります。
 入札は2、3、4、キーカー、5。キーカーは絵札がないときにできる入札で、5勝を目指します。各入札にはオプションで「ハンド」「ダイヤ」「オール」という宣言をつけられます。同じ数字なら宣言をつけたほうが強いけど、数字が上のほうが強くて、例えば2ハンドよりはただの3のほうが強いです。
 親が決まったら、親は「ハンド」を言ってなければ中央の2枚を取って、手札から2枚伏せます。キーカーのときは余り3枚も取れます。それから切札のマークを宣言します。

 そこから勝負開始です。最初は親から打ち出して、これが台札。次の人からは台札のマーク(例えばスペードならスペード)縛りで出します。時計回りに1枚ずつ出して、切札があれば切札の中で一番強い人、なければ台札の中で一番強い人が勝ちます。強さの順番はA,K,Q,J,10,9,8,7です。勝った人は場を流して、流したカードは1勝したのが見えるようにまとめます。勝った人がまた打ち出して、これを5回勝負で。親が入札どおりに成功させた時点で親の勝ち、失敗したら負けです。
 点数は親だけが取ります。オークションの数字が基本点でキーカーは10点、オプションの宣言がつくごとに倍々。失敗しても倍のマイナス点。あと細かい点として……(省略)

 こんな感じでカタカナ語を、というか専門用語を相当減らして説明が成立します。敷居が少しは下がっているのではないでしょうか。

「トリックテイキング」は言い換えられるか

 で、ひとつ意識的に和訳を避けてきたポイントがあります。おわかりですよね、「トリック」「トリックテイキング」です。

 本当はこれを言い換えて、ジャンル自体の新しい訳語を成立させないと意味がないんですよね。なのですが、私は残念ながらこれを思いつきませんでした。トリックだけなら「巡」「回」「周」といった言い換えができると思いますが、これはいわば単位であって、独立した名詞としてのトリックが非常に表現しづらい。「勝負」と呼ぶのはひとつの案ではあります。

 プレイシーケンスが比較的似ている大富豪の説明では、トリック(巡り)の概念を回避して「場」を使った説明をしていることが多いようです。
 大富豪のゲームルール - トランプスタジアム -
 大富豪、トランプのルール!基本的な遊び方はコレ!
 ただ、トリックテイキングではこの手法がとりづらい。トリックの勝ち負けを決めて、勝った人がカードを取るなり勝敗をカウントするなりという要素がほぼ必ず入るからです。

 なぜこんなことにこだわるのかというと、最初にも述べましたが、ジャンルの敷居を上げている最大の障壁がこの「トリックテイキング」という名称ではないかとずっと思っているからです。より踏み込んで言うと、我々がこのジャンルを「トリックテイキング」あるいは「トリテ」という業界用語で呼んでいる限り、この遊びはマニアの趣味たることを避けがたいのではないか、というのが私の主張です。(だから私は「トリテ」という言い方を滅多にしません。「トリックテイキング」のほうが、その点でまだマニアックさが薄れると思っています。)

 いくつか妥協案はあります。
 ジャンルを代表するゲームの名前で呼ぶ。大富豪はまさにそれで、「大富豪系」という言い方で闘地主、大老二、ハギスなどを一括できるし説明も容易です。トリックテイキングの場合は作品が多いので難しいですが「ナポレオン系」というと通じやすいでしょうか。しかしナポレオンも認知度が高くない、という難点はあります。
 ナポレオンの「絵取り」からの発想で、例えば「札取り」と呼んでみる。ただこれの呼び方は花札(フィッシングゲーム)と区別がしづらく、訳として弱い。開き直って「数比べ」もちらっと考えましたが、これではジャンル名称になりません。
 ジャンル説明を放棄し、初見プレイヤーへの説明では「大富豪っぽいゲーム」と話す。これは実際私もよくやりますし、敷居を下げる効果は多少あると思います。ただ、問題にしていた点の解決にはなっていません。
 『夢中になる! トランプの本』に倣って「トリック系」と呼ぶ。「テイク」「テイキング」の部分を削る、この呼び方は上記の中ではいちばん良いのではないかと思ってまして、いわば折衷案ですが、こういう説明で統一するのもありかなとは思います。

 もちろんどの案にしても、使われて定着しなくては意味がありません。逆に言うと「トリテ」が圧倒的市民権を得てノンゲーマーにも了解されるようになったら、そもそもこの問題は存在しなくなります。もしそうなればそれはそれで良いことですが、まだそこまではだいぶん遠いのかなと思います。
 とはいえ結局私は、今回の話を問題提起という形でしか書けておらず、案を示すに至っていません。それにカタカナでゲームをいわば「直輸入」できるのは必ずしも欠点ではないわけで、だからこそゲーマーの間で遊ばれるようになっているわけです。

 ところが日本語の場合は、単語に関するかぎり外来語を取り入れるのは簡単なことだ。名詞には助詞をくっつけ、動詞なら「……する」、形容詞なら「……な」といった形にすれば、語順の問題も語形変化の問題も解決してしまう。しかも表音文字の体系が二重になっていて、ひらがなの他にカタカナという独特の表記システムがあるため、外来語と日本語とをはっきり区別することができる。
 […]この安易であると同時に素晴らしく柔軟な言語構造(および表記システム)が、歴史的に見ていかに外国文化の摂取に役立ったか、同時にそうした摂取が良くも悪くもいかに表層的なところに止まらざるを得ず、かつ止まることを可能にしてくれたか、といったことがホンヤクなどをやっていると、しみじみとわかる。

 (レーモン・クノー、朝比奈弘治訳『文体練習』より「訳者あとがき」(朝日出版社、1996年)、176-177頁)

 訳すなら訳すで、日本語の新語を作るのがいいのか、在来のゲームの近い単語で置き換えるのがいいのか、これも実はなんともいえません。どちらにも困難があるでしょう。

 私たちの国は、一貫して翻訳受け入れ国であった。翻訳されるべき先進文明のことばには、必ず「穏なる日本語」で表現できない意味がある。重要なことばほどそうである。[…]完全に「申分なき訳字」は、「穏なる日本語」の中には、実はない。そこで、そのとらえ難い意味を、「四角張った文字」じたいにまかせるのである。

 (柳父章『翻訳語成立事情』(岩波新書、1982年)、36頁)

 この話は私にとってすこし考え続けてみたいテーマで、良い訳語を作れたという方がいましたら、ぜひ提案していただければと思っています。



<2018/12/04>


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