物には名前をつける




 この記事は、Board Game Design Advent Calendar 2024の11日目の記事です。

名前をつけるときには、それが変数であっても、関数であっても、クラスであっても、同じ原則を当てはめることができる。名前は短いコメントだと思えばいい。短くてもいい名前をつければ、それだけ多くの情報を伝えることができる。

ダスティン・バウエル、トレバー・ファウシャー『リーダブルコード』角征典訳、オライリー・ジャパン、p.10

 タイトルを見て当たり前じゃねえかとお思いでしょうが、適切な名付けって案外難しいです。本記事の目的は、その難しさを分析し例示することで、筆者および読者がゲームデザインにおいて名付けの調整を自覚的に行えるようになることです。

1.原則

したがって、記号内容の記述のために用いられている〈a〉、〈b〉、〈c〉という三つの特徴は、実は何らかの形で異なる記号の記号内容の差異を示しているものばかりなのである。三つの記号の記号内容にすべて共通の特徴が仮りにあるとして、それを〈d〉としてコードの規定に加えてみても、これは三つの記号が混同されることの手がかりになっても、それらを正しく区別して適用する基準にはならないわけである。

池上嘉彦『記号論への招待』岩波新書、pp.112-113

 物の名前とは、区切りと指示を与えるところのものです。
 同じ「カード」という物体であっても、裏向きに積み重ねて引くカードの集まりは「山札」と呼ばれますし、プレイヤーが手に持ってゲーム中に自分のものとして使うカードの集まりは「手札」と呼ばれます。ここでの山札や手札といった名前は、場所(テーブル中央/プレイヤーの手の中)や帰属(全員の共有/個人の所有)によってUI的な区切りを与えています。場所の違いを名前によってはっきりさせつつ帰属を示している、と言ってもよいでしょう。山札を神経衰弱のようにバラバラに置いて、手札もその近所にバラバラに置いてもゲーム機能上の違いはありませんが、混ざる危険性があって扱いづらい。ですから引く札は山にして一番上から順番に引くとわかりやすいよね、自分の札は手に持ってるから(たとえ一時的には手元に伏せていても)手札って呼ぶといいよね、という整理をつけられるのが名前の効用です。
 常用される名前は文化的コンテキストを伴って理解されます。つまり山札って書けば普通は上から引きます。よくシャッフルされている前提ならどこから引いても同じなので「上から引く」という明示的なルール記述は通常はなくてもよいです。山札から「選ぶ」と書けば、そこで初めて表を見てピックすることがわかる。その明示が必要になるのは、山札の底に好きな順で入れる処理や山札の底5枚に終了フラグカードを1枚混ぜる処理があるときで、こういう場合は上から引くのと下から引くのとでは意味が異なりますから、「山札から」ではなく「山札の上から」と書く必要があります。こうしたルール記述の粒度は、ルール内容、プレイヤー層、遊ばれるゲームの種類などによって押し引きすべきもので、カジュアルゲームにも逐一「山札の上から1枚を引き、手札に入れます」レベルの細かさが必要であるとは筆者は思いません。名前にはこのように慣習を引っ張ってくるという作用もありますから、ゲームによっては注意が必要ですが、詳述を避けられるのは利点でもあります。ロブ・ダヴィオーはこの効用を次のように表現しています。

ルールはゲームを説明してはいけない。
ルール以外の部分から読み取れるものを補強するだけにすべきだ。

ロブ・ダヴィオー「直観的なデザイン」、マイク・セリンカー編著『コボルドのボードゲームデザイン』安田均、笠井道子訳、グループSNE、p.89

 見てわかることはルールに一々書かなくてよい、ということです。遊ばれるシチュエーション、想定ユーザが多様になるほどこれは言いづらくなるのでダヴィオーの見解が常に正しいとまではいえませんが、実践的に重要な指標を与えてくれる言葉であるとはいえるでしょう。

 冒頭で「物の名前とは、区切りと指示を与えるところのもの」と書きました。
 区切りとは場所の区切り、帰属の区切りです。テーブル中央で裏向きに整然と積まれたアレが山札で、その横で表向きにやや雑然と重ねられたアレが捨て札である。山札からドローして手札に入れ、手札からプレイして捨て札に入れる。共有→個人→共有、と帰属が移っている。簡単なことですが、名前をつけないとルールの処理記述がおそろしく煩雑になるのは想像に難くありません。ルール上の機能を区切って、そこに適切な名前をつけてあげるというデザイナーの仕事は、山札や手札のような馴染んだ概念に限った話ではありません。
 指示というのは、ここでは区切りを逆方向から表現した言葉で、ある1枚以上のカードが「山札」と呼ばれる=指示されることが、そのカードが共有されて手番プレイヤーによって引かれて云々、というルール上の機能を示すという意味です。名前が先に示されることで、そこに他の名前とは異なる機能があることが示唆されます。もちろん例えばスート/マーク/色がゲーム中同じ意味で、すなわち互いに交換可能に用いられることもあり、この場合スートはfunctionでマークや色はappearanceというUI上の違いがあり、かつルール上指すものは同等である、という読み方が可能です。

 デザイナーは、物に《区切り》を与えて名前をつける。プレイヤーは名前を見てそれが《指示》するルール上の対象を識別する。名前と対象、シニフィアンとシニフィエ、好きなように呼んでいただいて支障ありませんが、とにかくそこに差異化がはたらいていることを見ていただければかまいません。

2.動作も名前をつける対象である

典型的なユーロゲームのルールセットの複雑さは『モノポリー』と同程度だ。これは、ユーロゲームというジャンルが深みに欠けるということを意味しない。実際、少ないルールで深みと魅力あるプレイを創発するのは多くの古典的アブストラクトゲームの特色だ。このことは、ユーロゲームの本質を他のホビーゲームと比較して理解する上で重要なふたつの要素へと目を向けさせる。ひとつはユーロゲームが、それまでホビイストの興味を惹きつけていたゲームに比べ遥かに取っつきやすいということである。ふたつめは、ユーロゲームのデザイナーは一般的に、対象のシステムの振る舞いを設計するにあたり、テーマとメカニクスの間の関係を気に掛けることがずっと少ないということだ。

スチュワート・ウッズ『ユーロゲーム』沢田大樹、山本拓訳、合同会社ニューゲームズオーダー、pp.117-118

 物とは狭義にいえばコンポーネントおよびその組合せです。assetです。ここで、objectとしての「もの」はより広義には、動作や動詞を含むと考えてみます。プログラミング言語でもメソッド/関数がオブジェクトとして扱えるやつありますよね(分からない方はこの一文を読み飛ばしてください)。
 カードを引くという動作には「引く」「ドロー」という名前がついています。カードを手元や共通の場に出すという動作には「出す」「プレイ」といった名前がついています。drawやplayといった英語の動詞をカタカナ表記すれば名詞にも動詞にもなる、日本語はこういうとき大変便利であり厄介でもあります。厄介というのはカタカナ表記によって専門用語が氾濫する現象を想定していますが(ホールデム、ブリッジ、バックギャモンなど例は沢山あります)、本論からややそれるので一旦措いて、ともかく動作も名前をもつことはわかると思います。
 ボードゲームだと、アクションにはもう少し抽象的な名前もつきます。手番アクションの選択肢としての「買う/購入する」「売る/売却する」「トレードする」「交渉する」といった名付けは「引く」「出す」といった直接的なUI指示ではなく、よりゲームのテーマに寄せた名前です。当然プレイヤーが実際に現金を財布から出すわけではなく、手札を捨てて商品コマを取ることを「買う」と比喩的に表現しています。これにより、「カードを捨て札の上に置く」「置いた枚数に対応するコマやカードを取って手札に入れる」という複数の動作を「買う」という動詞に一括することでルールが整理されます。また、この比喩がテーマに沿って明確であるほどゲームのごっこ感(カイヨワの言うミミクリ)が増すという側面もあります。

 アクションを整理する機能と、テーマに紐づける機能とが常にうまく一致するとは限りません。先週クニツィアの『交易王』をひさしぶりに遊んだのですが、手番の最初に行える任意アクションの「商品コマを1つ交換する、または特殊カードを1枚購入する」はうまく一言で包括できる名前がありません。だからこそ「手順1」と機械的な名前で表記されているのだと思いますし、やむを得ない処置でしょう。無理に1つの名詞で表現しても、アクション内容を想起できなければ意味がありません。これは元になったゲーム『Ferkelei』(同じく先週遊びました)ではもう少し理解しやすく、「商品を1つ交換する、または10金支払って商品を1つ購入する」という選択肢になっています。『交易王』のような特殊カードがないからです。「商品1つを交換か購入してもよい」であれば感覚的に理解可能で、「交換または購入」などで名付けとしては十分です。
 アクションのテーマとメカニクス内容がきれいに一致しない場合、メカニクス面を重視すればテーマ的な不一致は妥協してもよいし、テーマを重視してメカニクス側の操作を簡略化したり修正したりすることも可能です。ここに正解はありません。どちらの方向性もあり得ることを知っておくのが大事です。私はどちらかといえば後者が好きで、というのはテーマに沿った名付けは前節で触れたように文化的コンテキスト、すなわち慣習やイメージを引っ張ってきてくれるので、ゲームシステムやメカニクスにテーマ側からのフィードバックを及ぼしてくれることがあるからです。このテーマならこっちの操作のほうが直感的だから、面白いメカニクスだけど捨てて違う作品に回す、そういう方向の妥協もできます。妥協は全然悪いことではなく、ゲームを形にするためには必須のスキルです。

 抽象的な名前でアクションを包括できる、という話に戻ると、これは1つのアクションを複数のサブアクションに分割して記述することを意味します。何故そうするかというと、アクションAに対するサブアクションp、q、r等を理解しやすい単位に収めることで「pして、qして、rする」と書けるし、各サブアクションp、q、rを他のアクションに流用することで記述を省略もできるからです。
 ただし、これを実際の説明書にどう切り落とすかは、ルール記述の長さや複雑さ次第です。山札の上からカードを1枚引く程度なら逐一書いたほうが読み返しを防げることもあるし、最初や最後にその処理が入るのなら「アクションA」、「アクションB」、「アクションC」とそれぞれ記述したうえで「最後に、山札の上から~~。これで自分の番は終わりです。」と一括したほうが明確でしょう。名前によってどのくらいの範囲を指示するのか、どこまでを1つの処理単位とみなして区切るのかは、任意です。ケースバイケースです。名付けの難しさのひとつはここにあって、処理単位がシステム定義から自動的に降ってくるわけではなく、名前の設計をするのが人間であるという難しさです。どのくらいの処理量/解像度で区切るのかが、そのゲームのUI的な理解に、テーマドリブンで設計する場合などはルールそのものにさえ影響を及ぼします。

 難しさの一例として、2019年にゲムマで頒布された『呪術トリック』というトリックテイキングゲームの英語ルールサマリを作ったときの話を書きます。私の作品ではないのですが海外委託時に偶々お話をいただいて、元のルールをチェックしました。獲得札が1枚1点になるので基本はトリックに勝つほうがいいのですが、トリックに勝った1枚は「呪い」として自分の前に置かれ(呪いの発生)、1枚なら当該スートが、2枚以上なら全カードが得点になりません。呪いは他の誰かが同スートのより強いカードで勝つとそちらに移動し(呪いの移動)、自分が呪われているスートでさらに高位で勝つとそのカードに書き換えが発生し(呪いの更新)、後のトリックでフォローしたスートの最低札を出したらそのスートに限らず1枚を解除できます(呪いの解除)。つまり、呪いに関して「発生」「移動」「更新」「解除」の4種類の処理があります。実際やってみると難しくはないのですが、初見では少し手間取ります。
 改めてルールを読んで私が思ったのは、本当に4種類も処理があるのだろうか? ということです。要は各スートの勝ったハイカードが出るか消えるかしかしていないので、用語らしい用語は「解除」だけで事足りるのではないか? と考え、「まず条件を満たしたら解除が発生し、次に条件を満たしたら新たな呪いカードができる」と要約することで、「発生」「移動」「更新」の用語を消したサマリを書きました。こういうことは作者のほうが気づきにくく、他人の目で見たほうが往々にしてやりやすいものです。結果、作者の方からの評判も上々でした。ルールは何も変えておらず、名前を必要なものだけに絞り込むことができました。
 これは直接的には名前が多くて説明書が難しかったという問題ですが、名前を変えるためには処理自体の俯瞰と区切り直しを要した、という例です。必要な概念まで削ることはありませんが、一般論としてそのゲーム独自の用語は少ないほど読み手は楽です。

3.名付けの技術

 最後に、Tips的にすぐ使えるであろう技術をいくつか挙げてみます。

◆名前と指示するものが関連しているほうがいい
 極論、ゲームアセットや動作にどんな名前をつけたところで、ゲームを回せるならかまいません。ユーロゲームがテーマ変更されやすく、かつ変更に耐えるのはこの原則があるからです。それでもゲーム用語は人間が扱いやすくするためのものですから、実際のテーマなりコンポーネントなりと関係があるほうがいい。
 『Ferkelei』の説明書で実際に出てきた用語に「payment(支払い)」がありました。この言葉だけ聞くとプレイヤーが支払うみたいですが、実際にはこれは商品カードをプレイしたときの決算でプレイヤーが金を受け取る、したがって銀行から支払いがあるという処理です。例えばここは「配当」などの語にするほうがより実情に近いでしょう。
 あるいは『交易王』のように、内容との連関を捨てて「手順1」「手順2」と割り切ってしまうのも、選択のひとつです。決して間違いではありません。このように記号がその指示物との間に内容上の関連性がないことを記号学では「無契的」と呼び、逆に例えば月桂冠のマークで勝利点を指すような記号の関連性を「有契的」である、と呼びます(池上、前掲書、pp.101-104を参照)。

◆列挙するものは、字数や字形を変える
 アクション名やリソース名を、横書きのサマリで縦にリストアップすることはよくあります。このとき日本語は漢字ベースのため、見た目がどれも似通ってしまいパッと見で判別しづらい問題が発生します。英語などはアルファベットの字形だけで十分に差を出せるからSell 1 good、Buy 1 good、Build 1 shopのように書いてよいのですが、日本語で同じことを購入、売却、建築と書くとすべて二字で見分けがつけにくくなります。一瞬考える程度ではありますが、その一瞬のストレスは案外バカにできません。適宜修飾を加えるなどして「品物の購入」「品物の売却」「建築」のように書き、購入と売却は品物を扱うアクションとして統一感を出す、建築はそれらとの差を出すために「建物の建築」とはしない、といった工夫が考えられます。リソース名で漢字の中にひとつだけカタカナを入れて「木」「石」「ガラス」のようにするのも同様の処理です。

◆音も変えられるなら変える
 2019年の拙作『三津浜』では、「メバル」「ハギ」「タチウオ」「マダイ」という4種類の魚がリソースとして登場するのですが、当初は「タチウオ」「タイ」でした。テストプレイで「タの音が重複するけどいいの?」というご指摘を受け、よくないので「マダイ」に修正しました。字数を変えるだけでなく、読んだときに混同の余地がない音にすることも、やれるならやっておいたほうがいいと思います。説明書やボード、カードのテキストは黙読するものですが、案外音の響きやリズムは読みに影響するものです。

◆用語集を作る、一括置換を活用する
 物事にはすべからく文脈というものがありますから、厳格に同じものを必ず同じ呼び方で統一しないといけないとまでは、私は思いません。それでもキータームがずれたらルール読解上はやはり困りますから、Excelなりテキストファイルなりで用語集を作っておく、あるいは説明書の下書きでは自分が理解しやすい【デッキ】のように隅付き括弧で書いておいて、後々それを「山札」と一括置換しやすいようにする(Ctrl + R、WordならCtrl + Hを活用しましょう)など工夫できます。実際にそこまで自分なりの方法を徹底しておくかどうかはともかく、意識することは大切です。

4.結論

 名前というのは、ある面ではUIの話です。ある面ではルールに対するコメントの話、またある面ではオブジェクト定義や設計の話です。
 冒頭に引用した『リーダブルコード』はプログラミングの読みやすさを解説した技術書ですが、そこで触れているのはコメントやプログラマにとってのUIの話だけ、同書の言葉を借りれば「表面上」の技術でありながら、それだけで40ページにわたる紙幅を割いています。ましてプログラムコードがユーザに公開されているボードゲームのルールにおいて、名前をめぐる設計技術がいかに重要であるかは、論を俟ちません。



<2024/12/12>


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